優秀賞 ヘナの魔法
「ヘナのある風景」エッセイコンテストの優秀賞2作品目に選ばれたのは、NARU様の「ヘナの魔法」です。
アトピーの美容師が、あるお客様との出会いをきっかけに成長していく様が、力強く描かれています。
NARU様「ヘナの魔法」
あの粉を溶くとき、ドロドロした液体がマドラーに絡みつく。
そして、魔女が秘伝の薬を作っている錯覚に陥る。それは笑顔にする魔法だと知った約10年前。
シャンプーの時、お湯で流すと一面に漂うのは薬草の香り。
ありふれた色とりどりに染まるカラー剤より、ヘナの香りが好きな私は美容師だ。
元々、ハーブティー、オーガニックの薬草が好きな私はヘナのオーダーが入ると嬉しくなる。
人工的に作ったものより、自然に由来したものが良い。というのは、私が重度のアトピー性皮膚炎で辛い思いをしてきたからだ。
私がヘナを知ったのは、美容学校を卒業したばかりのアシスタント時代。
美容師は、免許があるからと、すぐカットが出来る訳ではない。アシスタントという下積みを積んで初めてカットが出来るようになるのだ。
その頃、私の手には爪がなかった。手だけではない。 毎日、薬品を触る私の顔や体は、ジュクジュクした汁だらけ。酷い見た目だった。 美容師なのに、化粧が出来ない、髪は根本が染められない。汁で肌に引っ付いた服を、痛みに耐えながらゆっくり剥がす事から始まる朝。 手は寝ている間に、無意識に体中をかきむしり、血塗れでウンザリしながら手を洗い、薬を飲む。
お客様に「あの子、汚いから私に入らせないで」「汚い手で触るな」と罵倒された毎日は屈辱だった。荒れた手を眺めて、夜中に泣きながら治ってほしい、と薬を塗った日々。 私には美容師は向いていないと、辞めようかと思った事が何度もある。先輩美容師でさえ、心配して退職を勧める程酷かった。
あるお客様との出会いがきっかけで…
そんな中で、一人のお客様が私を呼び止めた。
「あら、私と同じアトピーじゃないの?」
年配の白髪混じり。聞くと、髪はかぶれるから染められないという。人生で一度は綺麗に染めてみたいわねえ、と悲しそうに笑う顔が忘れられないくらい胸に刺さった。
「肌が弱い美容師さんは少ないから貴重よ。貴女の強みになるはずよ。応援する。」
荒れた手を包み込んで言われた、その一言で、私は決意した。
誰よりも肌の弱い人に寄り添える美容師になろう。人の痛みのわかる美容師になろう。
私は同じような肌の弱い人の為に何が出来るかを初めて考えた。
優しい薬剤とは何なのか?そもそも、薬剤とは何なのか?薬剤知識を勉強していた中でのヘナの練習。まさに私の答えだった。
純粋なヘナは、刺激物が入っていない。自然に由来した、体にも地球にも優しい成分だ。
一か八か、スタイリストとして一人前になった時にそのお客様に入らせて貰った。
「ヘナって知ってますか?」
名前は聞いたことがある、と不思議そうにするお客様。
今こそ、ペンだこを作って勉強した知識を活かす時だと熱弁する私。じゃあ今日はヘナで染めてみるわと、ちょっと緊張した顔。
ここまで話して、失敗も何もかも許されない。新人スタイリストの私は、ヘナを水で溶かしながら、緊張で吐きそうだった。
塗る前には、その聖なるハーブに願いを込めた。
どうか気に入りますように。かぶれませんように。
「あら、薬草のよか香りがするね。体に優しそう。」
雑誌を読みながら、お客様はそう言った。今まで当たり前に混ぜて塗ってきたヘナの香りがその時、初めて優しく思えた。
仕上がりは、太陽に映えるオレンジがかった色味。
「あら、いいじゃないの!」
今まで見たことがない嬉しそうな顔。私は胸が熱くなった。
娘さんの結婚式前日、指名して来てくださった。当たり前のように、またヘナで染めてほしいと言われた。
美容師は、冠婚葬祭にかかわる数少ない仕事ではあるが、この時程嬉しかった事はない。
その成功が、結婚して美容師を辞めるまで、美容業界で私を生かしてくれた。少々辛いことも、あの笑顔を思い出したら耐えることが出来た。
あのお客様とヘナには感謝してもしきれない程、大事なものだ。
今は、転勤族として全国を駆け回る人と結婚し、小さな子供が居る為美容師はしていない。お客様として通う側になった今、シャンプーされる時。フロアーでカットされる時。目を閉じていても絶対わかる。ヘナを塗ったんだな、と心が踊る香り。ヘナの虜になった私はちょっとニヤけている。
来年から懲りもせずに美容師として復帰するつもりだ。また手は荒れて、悔しい思いも、泣きたくなる日もあるだろう。だけど、あの日出会った太陽のような色味がきっと助けてくれる。
そんなヘナのある当たり前だった風景が恋しい。そう思いながら私は美容師復帰を今か今かと待ちわびている。
※写真はイメージです。
エッセイの選評
(グリーンノートのコメント) お客様の励ましの言葉で、美容師としての考え方、生き方が変わっていく。読めば読む程、NARU様の芯のある想い、熱意が伝わってきました。ヘナを溶く作業を、魔女の秘伝薬づくりにたとえられている様子もユーモアを感じられます。NARU様なら、きっと誰よりも肌の弱い人に寄り添える、美容師になられていらっしゃるのでしょう。今後のご活躍をグリーンノートスタッフ一同、応援いたします。
(受賞者のコメント) この度は、素晴らしい賞をいただきありがとうございます。私が美容師になった理由は、自分のように悩む方を一人でも助けたかったからです。そんな私の息子も、アトピー性皮膚炎です。身近に居ない限り辛さはわからないのが病と言うもので、逆に辛さがわかるから人に優しくもなれます。私は、美容師で、アトピー性皮膚炎で良かったです。これからも大好きなヘナを沢山のお客様にオススメしていきます。ありがとうございました。